NGOミャンマー駐在員のハリキリノート

ミャンマーのタウンジーという町で、国際協力をやっています。NGO活動、ミャンマーあれこれ、国際結婚育児ネタなど

ミャンマー・シャン州の畜産(肉牛)について調査してきたまとめ

ミンガラーバー。

ミャンマー駐在9年目、鈴木亜香里です。

 

皆さん、ミャンマーの牛肉を食べたことがありますか?

「ミャンマーの牛肉は固くて美味しくない」と、在住日本人からよく言われています。たしかに、ミャンマーの牛肉は固いです。「農耕で働いた牛を最後に肉にするので、筋肉がついているから」という説が巷では囁かれています。はたして、本当にそうなのでしょうか。

 

今回、ミャンマーのシャン州農村において、肉牛について調査する機会がありました。面白い情報をたくさん集めることができたので、この記事でご紹介したいと思います。

 

 

調査概要

私の所属する地球市民の会では、毎年スタディーツアーを受け入れています。大学が夏休みになる8月・9月はスタディーツアーラッシュ!最近は、毎年3つの大学の講座を受け入れています。

2019年9月15日~22日の期間、鹿児島大学農学部の先生と学生さんを受け入れました。今年のテーマは「畜産」。シャン州南部のタウンジー周辺に約1週間滞在し、村を歩きまわり、多くの畜産農家にインタビューをおこないました。

 

畜産に関して、訪問した場所は以下のとおり。

・牛(肉牛)を飼育している農家

・豚を飼育している人

・農業畜産センター(豚と鶏の飼育)

・カモを飼っている農家

・酪農家

・牛と豚の屠畜場

・肉屋

 その他にも、地球市民の会の事業地に訪問し、国際協力プロジェクトについても見学してもらいました。

 

シャン州の肉牛について

スタディーツアーの中で、たくさんのことを学んでもらいましたが、その中でも肉牛について一番たくさんの情報を得ることができました。以下、ミャンマーの南シャン州のある地域で、調査をした結果をまとめます。

 

飼育方法

牛の種類:コブ牛

ミャンマーでは、こちらの写真のようなコブ牛の飼育が中心です。

コブ牛

牛市場で見たコブ牛

 

 飼育の規模:小規模

専業で牛だけを飼っている人や企業などはなく、農家が兼業で牛を飼っています。多くは数頭~30頭くらいの規模で飼っており、日本と比べてかなり規模が小さいです。

ミャンマーの牛舎

農家の家のすぐ横にある牛舎。

 

飼育目的:牛糞

牛を飼う目的を農家に聞いたところ、「牛糞を得るため」という答えが一番多かったです。日本では大量の牛糞を処理するのが大変で問題になっていますが、ミャンマーでは牛糞は貴重な農業資材です。自分の畑に入れて使うこともあるし、余ったら販売することもできます。袋単位で販売したり、年間契約(この牛舎から出る1年分の牛糞)で販売することもあります。

以前は農耕用として飼われていた側面が大きかったようですが、今では安いハンドトラクターにとって代わられたようです。今回の調査では、農耕で使用している農家は見当たりませんでした。「農耕をしてきた牛なので固い」という説は、どうやら正しくないようです。

 

エサ:自給100%!

牛のエサは、原っぱに勝手に生えている草です。日の出ている時間帯は牛を原っぱに連れて行き、自由に草を食べさせます。

朝と夜は家の横の牛舎にいるので、トウモロコシの葉やネピアグラス等の葉と米ぬか等をまぜたエサを与えています。こちらは、農家が自分で栽培していることが多いです。

夏(3~5月)は原っぱの草が不足するため、稲わらを購入して与えています。稲わらは、1束500ks~1000ks。エサ代としてかかるのは、米ぬか代と稲わら代程度です。

日本では、輸入飼料を与えることが多いのと対照的ですね。

 

世話:牛飼いを利用

牛を飼っている人は小規模なので、わざわざ自分で牛を原っぱに連れていくことはできません。そこで利用するのが牛飼い(M語:ヌワチャンダー)です。1頭あたり15,000ks~20,000ks/年支払うと、放牧に連れて行ってくれます。朝に家から牛を連れ出し、夕方に牛を家まで送り届けてくれます。1人の牛飼いが、100頭くらいの牛を担当しています。

牛飼い

牛飼いが連れ出しているところ。車道を通ることもあります。

 

繁殖:自然

オス牛の去勢は、基本的に行われていません。オス牛は去勢しないでいると大きくなりますので、売るときに高い価格がつきます。

人工授精は全く行われていません。牛飼いが放牧をしている間に、自然な形で妊娠します。繁殖について、人間がかかわることはなく「勝手に子どもが生まれる」とのことでした。

 

病気:情報が不足

ワクチンなどの接種は行われていませんでした。また、牛が病気になったときも獣医を呼ぶことはまれです。飼い主が自分で市場にある薬屋に行き、必要な薬を自分で注射します。その際、動物用の薬ではなく、人間が使う薬(おそらく抗生物質)を投与しているそうです。飼育農家さんが、病気の知識をあまりもっていないように見えました。

 

販売:オスだけ売ってメスは残す

基本的にメスは販売せず、オスだけ販売する農家が多いようです。メスを飼っていると子どもが生まれることが多いからです。オスはある程度大きくなったら販売することもありますが、特に現金収入が必要ない場合は、販売せずに飼い続けることも多いです。牛の寿命は10年ほどあり、牛糞の入手が主な目的であるため、急いで販売する必要がないようです。

 

牛の取引

値段:大きさで決まる

牛の値段は、大きさのみによって決まります。日本のように、肉の質や等級が影響することはありません。小さいサイズで50万ks(約5万円)から、ものすごく大きい牛になると500万ks(約50万円)の価格がつくこともあります。一般的には、150万ks(約15万円)くらいのものが多いようです。

 

牛の市場:牛トレーダーが集まる

シャン州南部では、五日市が開かれます。いくつかの市場では、牛を取引している市場があります。規模が大きいものは、シーサイン、ヘーホーなど。私たちは小規模なナーバウン市場に牛の売り買いを見に行きました。

www.ngomyanmar.com

 

ナーバウンの牛市場には、牛を売りたい人が牛を連れてやってきます。また、牛を買いたい人たちもたくさん集まってきています。気に入った牛があったら、売り手と買い手で交渉して、両者が合意すれば売り買いが成立。契約書を発行してもらえます。また、中国やタイに輸出する目的で牛を買う人は、輸出登録もすることができます。

牛市場

牛を見定め中のおじさんたちにインタビュー

ここに売り買いに来ている人は、「小さい牛を買って、大きく育てて利益を得る」というタイプの人もいますが、多くは短期売買をやっている牛トレーダーです。数日前に600,000ks(約6万円)で買った牛を650,000(約6万5千円)で売ろうとしているような感じです。

「損することはないのか?」と聞いたところ、「納得する値段がつかないときは、売らないで家に連れて帰るから大丈夫」とのこと。家に連れて帰っても、エサ代はほとんどかからず、糞も手に入るので問題ないそうです。ただ、牧草が不足する夏の時期になると、エサ代がかかるので、売ってしまう場合が多いとのこと。季節で価格がかなり変動するみたいです。

牛市場

牛市場で牛の値段を教えてくれたオジサンと。

 

国外への輸出

タイや中国に陸路で牛を出荷することも増えてきています。主にシャン族やインド系の人が大きな牛を買い集め、トラックで国外に売りに行くとのこと。中国人は大きい牛を好むため、大きいのは国外用として、小さいのは国内用として取引されるようです。

 

屠畜方法

屠畜場に見学に行き、屠畜の最初から最後までを見学しました。また、インタビューも行いました。写真もたくさん撮影しましたが、インターネットに掲載は不可ということでした。

 

屠畜場:屋外

広めの土地に、小さな屋根がある場所で行っていました。下はコンクリートです。以前に見学したところは、何もないただの広場(地面は土)で行っていました。

屠畜する人は手袋や白衣、長靴などは一切装着せず、普段着で素手のまま、サンダル履きで屠畜を行っていました。

 

屠畜手順

ここの屠畜場では、1日あたり、オスなら1匹、メスなら2匹を屠畜するそうです。オスは大きいので、1匹で十分とのこと。

まず初めに、牛の頭をハンマーのようなもので数回叩いて気絶させます。それから、コンクリートの上で首を切り、首から血を出します。次に皮をはぎ、皮の上でうまく転がしながら解体していきます。皮の上ですべてを済ませるので、地面に肉が接触することはありません。内臓部分を取りだして、胃や腸などは水で洗います。肉の部分は水で洗いません。

捨てる部分はほとんどなく、ツノくらいです。あとは、内臓も皮もしっぽも全て食べることができます。解体後は、併設された店舗に肉が並べられていました。

 

屠畜ライセンス

屠畜をするには、ライセンスが必要となります。地域によって金額が異なるようですが、私たちが聞いたところは340万ks(約34万円)/年でした。

 

宗教による違い

今回見学したのは、パオ族(仏教徒)が行う屠畜でした。しかし、ミャンマーの屠畜にはイスラム教徒がかかわっていることが多いです(豚を除く)。タウンジーで売られている牛肉の多くが、イスラム教徒が処理したものとなります。

イスラム式だと、まずは牛の足を縛り、お祈りを唱えながら首の血管を切り、体中の血を抜きます(ハラール方式)。肉から血を抜くので、保存期間が3日程度に延びるとのこと(普通は1日)。また、イスラム教で決められた8か所は食べずに捨てるとのことでした。

 

肉の販売方法

肉屋:専門店

市場内の牛肉屋、または常設の牛肉屋で販売されます。日本では肉屋というと牛、豚、鶏など、さまざまな動物のお肉を扱いますが、ミャンマーではそれぞれ牛肉屋、豚肉屋、鶏肉屋と別れています

常設の牛肉屋は、屠畜する人が販売も行っています。市場が始まる前の早朝に屠畜をすませ、その肉をお店まで持っていって販売するというパターンです。

肉屋には冷蔵庫がないことが多く、パッキングもされていません。お客さんが欲しい部位や量を言うと、その場でカットしてビニール袋に入れてもらえます。冷蔵庫がない場合(主に村)は、その日のうちに売り切ります。冷蔵庫がある場合(主に町)は冷蔵しておいて、翌日販売することもあるそうです。

肉屋

村のお肉屋さん。

 

値段:重さと販売場所で決まる

値段は場所によって変わります(ライセンス料や家賃等が異なるため)し、インフレの影響も受けます。2019年9月時点で、タウンジーの町では1viss=16,000ks、村では1viss=12,000ksでした。ヤンゴンでは18,000ksと聞いています。

また、スーパーマーケットではそれよりもう少し高い値段で売られているようです。

牛肉は値上がりもしているので、日本人の感覚よりももう少し「高級品」というイメージです。

 

流通:地産地消が原則

地域内で消費する肉の分だけ、地域内で屠畜が行われています。これには、長距離移動のための保存技術(冷蔵、真空パッキング等)がないことと、「肉をタウンシップを越えて移動させてはいけない」という決まりがあるからです。地産地消が原則となっています。

 

考察

鹿児島大学の学生さんの考察を簡単にまとめると、以下の2点です。

 

日本とミャンマー、どちらがより効率的なのか

日本では専業の畜産農家が産業的な形で、多くの頭数を飼育します。たくさんの牛を効率よく育て、効率よく屠畜し、安全管理がしっかりとなされた肉を生産しています。その一方、ミャンマーでは、兼業農家が少数を飼育し、衛生面の管理は少しこころもとない印象でした。

 

ミャンマーに来る前、学生さんたちは、「日本の畜産は効率的。ミャンマーの畜産は非効率なのではないか」という仮説を持っていました。しかし、そうとは言えないということが、今回の調査でわかりました。

 

日本では問題になっている牛糞は、ミャンマーでは資源となっています。ミャンマーの農家は牛を飼い、牛糞を畑に入れます。その畑でトウモロコシを栽培し、実の部分は販売して現金収入にしますが、葉の部分は牛にまた食べさせます。海外から輸入したエサに頼ることなく、エサのほとんどを自給できています。ツノ以外のほとんどの部分を調理して食べています。ミャンマーには冷蔵庫はありませんが、その日に必要な量だけを屠畜し、一日で売り切ります。消費者もその日中に調理します。

 

無駄がほとんどなく、地域内でうまく回っているミャンマーの畜産。循環がしっかりとなされていて、ある意味「効率的である」ということができます。

村にいる牛

村にいる牛

 

衛生面、病気について

「安心・安全なお肉」を生産している日本と比べると、ミャンマーの畜産の現場で心配なのが衛生面です。屠畜の際、素手や裸足で作業を行っているので、作業者の健康が心配になります。

屠畜される牛が健康なのか、専門家による検査はありません。屠畜作業者の勘に頼っている状態です。また、牛が病気の際に人用の薬を与えているので、肉を食べた人に薬の影響が出ないか心配になります。

輸送中や販売時には、パッキングもされず、冷蔵施設もないため、雑菌が繁殖しないか心配です。

 

雑菌の繁殖は心配ではありますが、ミャンマーの人たちは牛肉にしっかり火を通しています。また、病気が流行っているときは肉の購入を控えることもあり、日本人に比べたら消費者の意識は高いと言って良さそうです。スタディーツアー中、実際にお肉を食べる機会がたくさんありましたが、どれも美味しく食べることができました。

日本の「安心・安全なお肉」はとても素晴らしい一方、「もしかしたら日本は衛生について意識しすぎなのではないか、過剰なのではないか」という意見も出てきました。

 

ミャンマーの良い点・改善すべき点

ミャンマーの良い点:循環型で環境負荷の少ない畜産ができていること。

 →日本の畜産に今後取り入れていくべき視点。

 

ミャンマーの改善すべき点:作業者の衛生面。牛に人用の薬を投与している点。

だと学生さんたちは考えました。

 

今後、調査を続けるべき点

今回の調査は一週間のみでしたので、すべてを明らかにできてはいません。次年度以降、調査の続きをするのが良いと考えています。以下、調査したい項目案。

 

・イスラム教の屠畜方法について

・畜産局の方針

・獣医師へのインタビュー調査

・実際に牛に投与している薬の調査

 

スタディーツアーについて

これまでのスタディーツアーでは、地球市民の会の活動場所をまわり、「国際協力とNGOの活動について知る」という側面が大きいものでした。よく「NGOのスタディーツアー」と聞いて想像するような感じです。それはそれで、とても学びが大きく、国際協力に興味を持っている学生にとっては素晴らしい経験となります。

その一方で、内容がマンネリ化してしまい、他の大学のツアーや他のNGOのツアーと差別化しづらいのも事実です。

 

今回のスタディーツアーは、「畜産」というテーマを決めて農村の調査を行いました。事前にある程度の行程は決めていましたが、村を歩きながら気になったことを質問していくというスタイルでしたので、私も引率の先生も、結論が見えない状態でのツアーでした。その結果、すでに何回もミャンマーに来ている引率の先生や、在住歴の長い私ですら初めて知る情報が多く、とても面白く、他には絶対ないツアーとなりました。

 

こんな専門的なツアーができるのも、現地情報に詳しく、ばりばり通訳もできる駐在員がいるから!(と、自画自賛ですが・・・笑)。普通とは違ったスタディーツアーをしたいという方、ご相談お待ちしております。